こんばんは、真木です。

魅力的なキャラクターを目指していると、我の強いキャラクターを考え付くことがあります。
個性を出そうとすると、どうしても主張が強いキャラクターになると思うのです。

一方で我の強いキャラクターは読者に嫌われることがあります。
読者の感情とは裏腹にどんどん突き進んでいってしまったり、むやみに人と衝突したり。
わがままと取られてしまうと、そのキャラクターへの好感は一気に消えてしまいます。

それでもキャラクターには思う存分行動してほしいし、時には感情を爆発させてほしい。
作者はだいたいそう考えると思うので、我の強いキャラクターが多くなるのも致し方ない気がします。

ところで、私は我の強いキャラクターを作るのを苦手にしています。
文章を書き始めた頃はともかく、社会人になってからだと「ちょっとこんなこと言ったらわがままかなぁ」と思うことが増えました。

自分がされたら嫌なことがわかるようになったという意味ではいいのです。
でも、キャラクターが大人しくなってしまったのは否めません。

ただやっぱりわがままなキャラクターは好きではありません。
それでも我の強いキャラクターは書きたいので、一つ気を付けていることがあります。
我の強い性格にしても、優しさや誠実さは持たせることです。

私は『なんて素敵にジャパネスク』の主人公、瑠璃姫が大好きです。
発売当時だと「じゃじゃ馬」と称される彼女は、とにかく破天荒で元気いっぱいです。

でも瑠璃姫がわがままだとは思いませんでした。
弱い者に優しく、まっすぐ人の目を見て話す誠実さのあるキャラクターだったからです。

私も瑠璃姫に学んで、我の強いキャラクターを作っていきたいと思います。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.21 Sat l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

主人公に共感できると、物語にぐっと入りやすくなりますよね。
主人公と一緒になって冒険を楽しんだり、理不尽に怒ったり。
そうすることでより、物語による満足感が得られると思います。

また、自分がどんな立場で物語を見ればいいのかわかって、安定感が出ます。
ライトノベルの主人公は高校生であることが多いので、主要な読者である高校生にとってわかりやすい立場です。

と、ここまで書いたところで何ですが、私は高校生のときはライトノベルの主人公に共感していませんでした。
十年以上前の話ですが、その頃のライトノベルの主人公はわりと定型があったのです。

たとえば少女向け小説だと、多感で感情が出やすい子。
でも私自身は感情の出にくいタイプだったので、物語の主人公がなぜそうも感情を発露させるのかわかりませんでした。

けれどだからといってライトノベルが楽しめなかったかというと、むしろ逆です。
確かに主人公とひとつながりに物語を見てはいませんでしたが、主人公が次に何をしてくれるのかわくわくしていました。
私にとって主人公とはヒーローだったんですね。

最近、という言い方はあまり好きではありませんが、ライトノベルが始まった頃に比べるとどんどん多彩な主人公が現れていると思います。
主人公に共感して一緒になって追う物語もあれば、まったく自分とは違うものとして主人公を楽しむ物語もあります。
物語を作る方としても、やりがいがありますね。

書く側としては、自分に近い主人公を作ってもいいですし、全然違う世界の住人を書くこともできます。
どちらも試して、いろいろな主人公を生み出していきたいものです。

それでは、今日はこの辺りで失礼します。
2015.03.20 Fri l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

明るいお話の方が読みやすいというのは、私もよく感じます。
疲れたときに暗いお話にのめり込む余力はありませんし、どうせなら読んでいて楽しい気持ちになりたいですものね。

でもだからといってシリアスな物語に需要がないかというと、そうでもないと思います。
一定の量まで読ませてしまえば、あとはむしろ明るいお話より引っ張る力が強いことがあります。

シリアスな気分に浸りたいときも案外あるものです。
私も今日思い立って、『流血女神伝』を十巻くらい流し読みしていましたからね。

せっかくなので『流血女神伝』をこのまま例にとります。
このお話はけっこう人死にが出ますしきつい展開もありますが、テンポがいいのでそれほど暗いとは感じません。

他にも、特撮『仮面ライダークウガ』は大変ハードな物語でした。
毎回ばたばたと人が死に、敵はえげつなく、途中で見ているのがつらいときもありました。
でも主人公が明るく前向きで、仲間たちの誠実さが心地よく、最後まで鑑賞することができました。

シリアスな物語は途中はけっこうストレスが溜まるのですが、終わってみると満足感が大きいと思います。
いいものを見たなぁ、また見たいなと思えます。

シリアスな物語を見せるには、テンポの良さや主人公の明るさなどで補強するといいのかもしれません。

私もシリアスをよく書くので、先人に学んでがんばっていきたいと思います。
それでは、今日はこの辺りで。

*次回の更新は3月21日(土)の予定です。
2015.03.19 Thu l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

文章でファンタジー世界を描くとき、どの程度世界に統一感を持たせるか考えます。
ファンタジー世界はいろいろな時代や国のものが混ぜられます。
たとえばドイツのような国の隣に、和風の国が登場したりしますよね。
また、近未来であるのに貴族制度が残っていることもあります。

世界に統一感がないと、全体に雑な感じを漂わせてしまうことがあります。
下調べが足りないように思われたり、適当に作ったように感じられることも。

けれど一方で、混ぜ合わせることこそがファンタジーの醍醐味のようにも思います。
ファンタジーは現実にはないものを見せてくれますが、まったく現実にないものばかりを作るのは難しいです。
いろいろな文物を組み合わせることで、独自の世界が作れます。

前述のように近未来であるのに貴族制度があるというのは、『銀河英雄伝説』が真っ先に思い出せます。
帝国と連合という対比を見せるためにも、貴族制度というのはパンチが効いていて面白かったです。

他に、『新世界より』の最初の方の世界も、未来でありながら古風な制度で整えられていて好きでした。

私が特に大好きだったのが、『ファイナルファンタジーⅩ』の世界観でした。
珍しくも東南アジア風の世界で、けれど隅々までファンタジー!というところが素敵。

私も組み合わせを工夫して、現実にはないファンタジー世界を作り上げたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.18 Wed l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

継続は力なりと言いますが、文章を作る場合もそうだと思います。
確かに、時には一文字も書けない日もあります。
出来上がったものを見てがっかりしたことも数えきれないくらいです。

でも変化はすぐに目に見えないだけで、ちょっとずつは起こっているのだと思います。
例にとってみると、私は英語の勉強で上達の仕方を実感したことがあります。

単語の一つや文法をいくつか覚えただけでは、英語が上達したとはとても実感できません。
けれどあるとき、「あ、上達したな」となんとなく感じるのです。

たぶん上達というのは、一定の分量を積み上げないと感じられない閾値のようなものなのでしょう。

もちろん、ただ続けるだけでは同じことの繰り返しになります。
でもたいていの人は同じ毎日を送っているわけではなく、日々いろいろな変化があります。
だから、日々感じたものを形にし続けることは意味があるように思います。

そうやって自分を奮い立たせて、なんとかやっています。
いつか『グインサーガ』みたいな超長編を書いてみたいものです。
ひとつながりの物語であんなに続けられるなんて……言葉もありません。

それでは、今日はこの辺りで。


2015.03.17 Tue l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私は文章を書くのが好きですが、ふとなぜ好きなのか考えてみました。
大きなものから小さなものまで、好きな理由はたくさんあります。
たとえば物語が好きだから、達成感があるから、自分一人でできるから、など。

書いている内に苦しいときやつらいときは出てきますが、それでもどうしても嫌いにはなれません。
しばらく経ったら、また文章を書きたいと思うようになります。

私にとって好きな理由はいろいろですが、根本には表現する楽しさがあると思います。
自分の中にある考えや思いを形にする。
音楽や手芸にもそういう楽しみがありますね。

私は音楽も手芸も好きです。料理や工作も。
ただ文字という媒体はシンプルで、それでいて表現の幅がとても広いので特に好きなのです。

一方で、表現は人を傷つけることがあります。
一人で書いて自分で読んでいるのならいいのですが、誰かに見せるとそれは自分だけのものではなくなるからです。

人に見せるには表現を工夫する必要があると思います。
私はライトノベル『人類は衰退しました』が好きで、その表現方法にいつも感心します。
生の感情をぶつけるのではなく、二重三重の表現でコーティングして読者に見せてきます。

なかなか真似できるものではありませんが、努力は重ねていきたいです。
文芸は表現に気を遣いすぎて遣いすぎるものではないと思います。

それでは、今日はこの辺りで失礼します。
次回の更新は3月18日(水)の予定です。
2015.03.16 Mon l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

一種超越的な視点から描く物語をメタな物語と言うことがあります。
ある定型をもじったり、変形させたり、引きあいに出したりして、その活用形は様々です。

よく例に出されるのが勇者と魔王を扱ったファンタジーですね。
勇者がよく言うセリフや、魔王と勇者の間で繰り広げられる戦いなどをパロディにして楽しみます。

メタな物語は、元となる定型が非常にポピュラーで、人気がある場合が多いです。
そういう定型を正統と呼ぶのでしょうね。

私個人としては、メタな物語は苦手にしています。
メタを楽しむためには正統をよく知っている必要があるので、敷居が高いこともあるからです。

でも電撃文庫のライトノベル『はたらく魔王さま!』は楽しんで読みましたし、コバルト文庫の『贅沢な身の上』もほくほくしながら読みました。
定型を知っていればより面白いのでしょうが、二つとも単体でも十分楽しいストーリーやキャラクターが用意されていました。

メタを使うには、どんな読者がこれを読むのか想定するのが重要だと思います。
年齢層によって常識にしている定型が違うと思いますし、そのタイトルを見て手に取る人は誰かによっても変わるのでしょう。
「魔王さま」という言葉を見て心惹かれる読者は、たぶん魔王と勇者がセットになって出てきます。
だから勇者を登場させても、違和感なく受け入れられるのでしょう。

私も読者層を研究しつつ、いずれはメタな物語を書いてみたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。

2015.03.15 Sun l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私は掃除が苦手なもので、文章のテキスト・ワードファイルも整頓がなっていません。
一応作品ごとにフォルダ分けしてあるのですが、どこにいったかわからないファイルがいくつかあります。
紙媒体でのメモやプロットもごったまぜです。

しかし自分が掃除を苦手としているのは子どもの頃からわかっていたので、自分なりに整頓をしています。

『超整理法』という本から学んだ、まず時系列順にファイルする方法をとっています。
電子媒体のファイルでは、「20150314タイトル」と作った日を入れておくと後で探しやすいです。

その上で、たまに種類ごとに分け直します。
基本は作品タイトルごとにファイル分けするのですが、ただのメモは「覚書」ファイルに日付を入れて放り込んでおきます。

そして大切なのがバックアップ。
紙媒体ならめったにないのですが、電子媒体は上書きしたりしてよく紛失します。
パソコンの不具合でデータが吹き飛ぶことも珍しくありません。

というわけで、専用フラッシュメモリにバックアップをとっておきます。
なお、フラッシュメモリもたまに不具合が起きるので、約三年ごとに別のメモリにコピーします。

それで掃除のとき、古い文章をみつけてはにやにやしたり赤面するのです。
人に見せるのは恥ずかしくても、せっかくなので保存しておくといいこともありますよ(小声)。

文章の掃除についてでした。
では、今日はこの辺りで。

2015.03.14 Sat l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

文章を書くときに、ネガティブ・ポジティブの切り替えが自由にできたらなぁと思うことがあります。
いつもポジティブの方がいいような気もしますが、そうとも限りません。

面白さを客観的に判断するためには、ネガティブな感覚も必要です。
ここが良くない、これだとこう思われてしまうのでいけない、などと批判的に見た方が自分のためになります。
特に戦場では、引き際を見極めることが指揮官の一番重要な使命だといわれますね。

でもやっぱりポジティブな感覚も大切です。
「面白い!」「書きたい!」という原動力は、書くときに大きな助けになります。

ところで、ネガティブなやる気というのも時に存在します。
不条理への怒り、時には単なる人へのうらみつらみでやる気のブーストがかかることもあります。

私個人としては、負のやる気は絶対にいけないとは思いませんが、あまり使いたくないと考えています。
それらは誰かを攻撃するもので、それに基づいて書いた文章は誰かを傷つけることがよくあるからです。

誰かを傷つけても自分の好きなことをしたいと思うのは構いませんが、誰かを傷つける前提で自分の欲をぶつけると、なかなかにおぞましいものが出来ます。

そういったものの需要ももちろんあるのですが、飲んではいけない水のようなものに思えてきて、好きではありません。

話が逸れましたが、ネガティブ・ポジティブの切り替えは訓練によって多少できるようになると思います。
また、真っ白をイメージしてとにかく無心に書いていると、気分はリセットできます。

ネガティブ・ポジティブをうまく切り替えて書いていきたいです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.13 Fri l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

物語にはカラーが存在すると思います。
イメージカラーとして黒、赤、金、そういう意味もありますが、トーンとしての意味もあると考えています。

別の言葉で言い換えると、「明るさ」です。
人の心をえぐるような暗さ、読んでいて楽しくなる明るさ、いろいろあると思います。
またしっとりとしたモノトーンや、うきうきするポップな色合いもあるかもしれません。

いずれにせよ、全体に色をまとわせることができたら素敵だと考えています。
実際、私の読んだ心に残る物語は、いつも一種独特な色を持っていました。

一つ例を挙げると、大好きなカラーを持つ物語として、『十二国記』を思い出します。
この物語に一つの色をあてはめるのはとても難しいです。
決して明るくはない、けれどどこかから光が差しこんでいる気がする世界。

たぶん一番近いのは土色でしょうか。
地味だと思うなかれ。土は無数の砂が集まった複雑な色なのです。

作者の小野不由美先生が細部に至るまで意匠をこらして作り上げた、どこにもない色です。

私も世界で私だけが作れる色の物語を作ってみたいものです。
そのためには一粒ずつの砂を美しく作らなければいけませんね。精進します。

それでは、今日はこの辺りで。



2015.03.12 Thu l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top