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こんばんは、真木です。

魅力的なキャラクターを目指していると、我の強いキャラクターを考え付くことがあります。
個性を出そうとすると、どうしても主張が強いキャラクターになると思うのです。

一方で我の強いキャラクターは読者に嫌われることがあります。
読者の感情とは裏腹にどんどん突き進んでいってしまったり、むやみに人と衝突したり。
わがままと取られてしまうと、そのキャラクターへの好感は一気に消えてしまいます。

それでもキャラクターには思う存分行動してほしいし、時には感情を爆発させてほしい。
作者はだいたいそう考えると思うので、我の強いキャラクターが多くなるのも致し方ない気がします。

ところで、私は我の強いキャラクターを作るのを苦手にしています。
文章を書き始めた頃はともかく、社会人になってからだと「ちょっとこんなこと言ったらわがままかなぁ」と思うことが増えました。

自分がされたら嫌なことがわかるようになったという意味ではいいのです。
でも、キャラクターが大人しくなってしまったのは否めません。

ただやっぱりわがままなキャラクターは好きではありません。
それでも我の強いキャラクターは書きたいので、一つ気を付けていることがあります。
我の強い性格にしても、優しさや誠実さは持たせることです。

私は『なんて素敵にジャパネスク』の主人公、瑠璃姫が大好きです。
発売当時だと「じゃじゃ馬」と称される彼女は、とにかく破天荒で元気いっぱいです。

でも瑠璃姫がわがままだとは思いませんでした。
弱い者に優しく、まっすぐ人の目を見て話す誠実さのあるキャラクターだったからです。

私も瑠璃姫に学んで、我の強いキャラクターを作っていきたいと思います。
それでは、今日はこの辺りで。
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2015.03.21 Sat l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

主人公に共感できると、物語にぐっと入りやすくなりますよね。
主人公と一緒になって冒険を楽しんだり、理不尽に怒ったり。
そうすることでより、物語による満足感が得られると思います。

また、自分がどんな立場で物語を見ればいいのかわかって、安定感が出ます。
ライトノベルの主人公は高校生であることが多いので、主要な読者である高校生にとってわかりやすい立場です。

と、ここまで書いたところで何ですが、私は高校生のときはライトノベルの主人公に共感していませんでした。
十年以上前の話ですが、その頃のライトノベルの主人公はわりと定型があったのです。

たとえば少女向け小説だと、多感で感情が出やすい子。
でも私自身は感情の出にくいタイプだったので、物語の主人公がなぜそうも感情を発露させるのかわかりませんでした。

けれどだからといってライトノベルが楽しめなかったかというと、むしろ逆です。
確かに主人公とひとつながりに物語を見てはいませんでしたが、主人公が次に何をしてくれるのかわくわくしていました。
私にとって主人公とはヒーローだったんですね。

最近、という言い方はあまり好きではありませんが、ライトノベルが始まった頃に比べるとどんどん多彩な主人公が現れていると思います。
主人公に共感して一緒になって追う物語もあれば、まったく自分とは違うものとして主人公を楽しむ物語もあります。
物語を作る方としても、やりがいがありますね。

書く側としては、自分に近い主人公を作ってもいいですし、全然違う世界の住人を書くこともできます。
どちらも試して、いろいろな主人公を生み出していきたいものです。

それでは、今日はこの辺りで失礼します。
2015.03.20 Fri l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

明るいお話の方が読みやすいというのは、私もよく感じます。
疲れたときに暗いお話にのめり込む余力はありませんし、どうせなら読んでいて楽しい気持ちになりたいですものね。

でもだからといってシリアスな物語に需要がないかというと、そうでもないと思います。
一定の量まで読ませてしまえば、あとはむしろ明るいお話より引っ張る力が強いことがあります。

シリアスな気分に浸りたいときも案外あるものです。
私も今日思い立って、『流血女神伝』を十巻くらい流し読みしていましたからね。

せっかくなので『流血女神伝』をこのまま例にとります。
このお話はけっこう人死にが出ますしきつい展開もありますが、テンポがいいのでそれほど暗いとは感じません。

他にも、特撮『仮面ライダークウガ』は大変ハードな物語でした。
毎回ばたばたと人が死に、敵はえげつなく、途中で見ているのがつらいときもありました。
でも主人公が明るく前向きで、仲間たちの誠実さが心地よく、最後まで鑑賞することができました。

シリアスな物語は途中はけっこうストレスが溜まるのですが、終わってみると満足感が大きいと思います。
いいものを見たなぁ、また見たいなと思えます。

シリアスな物語を見せるには、テンポの良さや主人公の明るさなどで補強するといいのかもしれません。

私もシリアスをよく書くので、先人に学んでがんばっていきたいと思います。
それでは、今日はこの辺りで。

*次回の更新は3月21日(土)の予定です。
2015.03.19 Thu l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

文章でファンタジー世界を描くとき、どの程度世界に統一感を持たせるか考えます。
ファンタジー世界はいろいろな時代や国のものが混ぜられます。
たとえばドイツのような国の隣に、和風の国が登場したりしますよね。
また、近未来であるのに貴族制度が残っていることもあります。

世界に統一感がないと、全体に雑な感じを漂わせてしまうことがあります。
下調べが足りないように思われたり、適当に作ったように感じられることも。

けれど一方で、混ぜ合わせることこそがファンタジーの醍醐味のようにも思います。
ファンタジーは現実にはないものを見せてくれますが、まったく現実にないものばかりを作るのは難しいです。
いろいろな文物を組み合わせることで、独自の世界が作れます。

前述のように近未来であるのに貴族制度があるというのは、『銀河英雄伝説』が真っ先に思い出せます。
帝国と連合という対比を見せるためにも、貴族制度というのはパンチが効いていて面白かったです。

他に、『新世界より』の最初の方の世界も、未来でありながら古風な制度で整えられていて好きでした。

私が特に大好きだったのが、『ファイナルファンタジーⅩ』の世界観でした。
珍しくも東南アジア風の世界で、けれど隅々までファンタジー!というところが素敵。

私も組み合わせを工夫して、現実にはないファンタジー世界を作り上げたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.18 Wed l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

継続は力なりと言いますが、文章を作る場合もそうだと思います。
確かに、時には一文字も書けない日もあります。
出来上がったものを見てがっかりしたことも数えきれないくらいです。

でも変化はすぐに目に見えないだけで、ちょっとずつは起こっているのだと思います。
例にとってみると、私は英語の勉強で上達の仕方を実感したことがあります。

単語の一つや文法をいくつか覚えただけでは、英語が上達したとはとても実感できません。
けれどあるとき、「あ、上達したな」となんとなく感じるのです。

たぶん上達というのは、一定の分量を積み上げないと感じられない閾値のようなものなのでしょう。

もちろん、ただ続けるだけでは同じことの繰り返しになります。
でもたいていの人は同じ毎日を送っているわけではなく、日々いろいろな変化があります。
だから、日々感じたものを形にし続けることは意味があるように思います。

そうやって自分を奮い立たせて、なんとかやっています。
いつか『グインサーガ』みたいな超長編を書いてみたいものです。
ひとつながりの物語であんなに続けられるなんて……言葉もありません。

それでは、今日はこの辺りで。


2015.03.17 Tue l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私は文章を書くのが好きですが、ふとなぜ好きなのか考えてみました。
大きなものから小さなものまで、好きな理由はたくさんあります。
たとえば物語が好きだから、達成感があるから、自分一人でできるから、など。

書いている内に苦しいときやつらいときは出てきますが、それでもどうしても嫌いにはなれません。
しばらく経ったら、また文章を書きたいと思うようになります。

私にとって好きな理由はいろいろですが、根本には表現する楽しさがあると思います。
自分の中にある考えや思いを形にする。
音楽や手芸にもそういう楽しみがありますね。

私は音楽も手芸も好きです。料理や工作も。
ただ文字という媒体はシンプルで、それでいて表現の幅がとても広いので特に好きなのです。

一方で、表現は人を傷つけることがあります。
一人で書いて自分で読んでいるのならいいのですが、誰かに見せるとそれは自分だけのものではなくなるからです。

人に見せるには表現を工夫する必要があると思います。
私はライトノベル『人類は衰退しました』が好きで、その表現方法にいつも感心します。
生の感情をぶつけるのではなく、二重三重の表現でコーティングして読者に見せてきます。

なかなか真似できるものではありませんが、努力は重ねていきたいです。
文芸は表現に気を遣いすぎて遣いすぎるものではないと思います。

それでは、今日はこの辺りで失礼します。
次回の更新は3月18日(水)の予定です。
2015.03.16 Mon l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

一種超越的な視点から描く物語をメタな物語と言うことがあります。
ある定型をもじったり、変形させたり、引きあいに出したりして、その活用形は様々です。

よく例に出されるのが勇者と魔王を扱ったファンタジーですね。
勇者がよく言うセリフや、魔王と勇者の間で繰り広げられる戦いなどをパロディにして楽しみます。

メタな物語は、元となる定型が非常にポピュラーで、人気がある場合が多いです。
そういう定型を正統と呼ぶのでしょうね。

私個人としては、メタな物語は苦手にしています。
メタを楽しむためには正統をよく知っている必要があるので、敷居が高いこともあるからです。

でも電撃文庫のライトノベル『はたらく魔王さま!』は楽しんで読みましたし、コバルト文庫の『贅沢な身の上』もほくほくしながら読みました。
定型を知っていればより面白いのでしょうが、二つとも単体でも十分楽しいストーリーやキャラクターが用意されていました。

メタを使うには、どんな読者がこれを読むのか想定するのが重要だと思います。
年齢層によって常識にしている定型が違うと思いますし、そのタイトルを見て手に取る人は誰かによっても変わるのでしょう。
「魔王さま」という言葉を見て心惹かれる読者は、たぶん魔王と勇者がセットになって出てきます。
だから勇者を登場させても、違和感なく受け入れられるのでしょう。

私も読者層を研究しつつ、いずれはメタな物語を書いてみたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。

2015.03.15 Sun l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私は掃除が苦手なもので、文章のテキスト・ワードファイルも整頓がなっていません。
一応作品ごとにフォルダ分けしてあるのですが、どこにいったかわからないファイルがいくつかあります。
紙媒体でのメモやプロットもごったまぜです。

しかし自分が掃除を苦手としているのは子どもの頃からわかっていたので、自分なりに整頓をしています。

『超整理法』という本から学んだ、まず時系列順にファイルする方法をとっています。
電子媒体のファイルでは、「20150314タイトル」と作った日を入れておくと後で探しやすいです。

その上で、たまに種類ごとに分け直します。
基本は作品タイトルごとにファイル分けするのですが、ただのメモは「覚書」ファイルに日付を入れて放り込んでおきます。

そして大切なのがバックアップ。
紙媒体ならめったにないのですが、電子媒体は上書きしたりしてよく紛失します。
パソコンの不具合でデータが吹き飛ぶことも珍しくありません。

というわけで、専用フラッシュメモリにバックアップをとっておきます。
なお、フラッシュメモリもたまに不具合が起きるので、約三年ごとに別のメモリにコピーします。

それで掃除のとき、古い文章をみつけてはにやにやしたり赤面するのです。
人に見せるのは恥ずかしくても、せっかくなので保存しておくといいこともありますよ(小声)。

文章の掃除についてでした。
では、今日はこの辺りで。

2015.03.14 Sat l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

文章を書くときに、ネガティブ・ポジティブの切り替えが自由にできたらなぁと思うことがあります。
いつもポジティブの方がいいような気もしますが、そうとも限りません。

面白さを客観的に判断するためには、ネガティブな感覚も必要です。
ここが良くない、これだとこう思われてしまうのでいけない、などと批判的に見た方が自分のためになります。
特に戦場では、引き際を見極めることが指揮官の一番重要な使命だといわれますね。

でもやっぱりポジティブな感覚も大切です。
「面白い!」「書きたい!」という原動力は、書くときに大きな助けになります。

ところで、ネガティブなやる気というのも時に存在します。
不条理への怒り、時には単なる人へのうらみつらみでやる気のブーストがかかることもあります。

私個人としては、負のやる気は絶対にいけないとは思いませんが、あまり使いたくないと考えています。
それらは誰かを攻撃するもので、それに基づいて書いた文章は誰かを傷つけることがよくあるからです。

誰かを傷つけても自分の好きなことをしたいと思うのは構いませんが、誰かを傷つける前提で自分の欲をぶつけると、なかなかにおぞましいものが出来ます。

そういったものの需要ももちろんあるのですが、飲んではいけない水のようなものに思えてきて、好きではありません。

話が逸れましたが、ネガティブ・ポジティブの切り替えは訓練によって多少できるようになると思います。
また、真っ白をイメージしてとにかく無心に書いていると、気分はリセットできます。

ネガティブ・ポジティブをうまく切り替えて書いていきたいです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.13 Fri l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

物語にはカラーが存在すると思います。
イメージカラーとして黒、赤、金、そういう意味もありますが、トーンとしての意味もあると考えています。

別の言葉で言い換えると、「明るさ」です。
人の心をえぐるような暗さ、読んでいて楽しくなる明るさ、いろいろあると思います。
またしっとりとしたモノトーンや、うきうきするポップな色合いもあるかもしれません。

いずれにせよ、全体に色をまとわせることができたら素敵だと考えています。
実際、私の読んだ心に残る物語は、いつも一種独特な色を持っていました。

一つ例を挙げると、大好きなカラーを持つ物語として、『十二国記』を思い出します。
この物語に一つの色をあてはめるのはとても難しいです。
決して明るくはない、けれどどこかから光が差しこんでいる気がする世界。

たぶん一番近いのは土色でしょうか。
地味だと思うなかれ。土は無数の砂が集まった複雑な色なのです。

作者の小野不由美先生が細部に至るまで意匠をこらして作り上げた、どこにもない色です。

私も世界で私だけが作れる色の物語を作ってみたいものです。
そのためには一粒ずつの砂を美しく作らなければいけませんね。精進します。

それでは、今日はこの辺りで。



2015.03.12 Thu l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

限られた文字数の中でインパクトのある文章を書こうとすると、どうしても誇張を使ってしまいます。
たとえばかわいい女の子を「一目見たら忘れられない」とか、「精巧な人形細工のような」などと表現します。

でも実際は一目見ただけで胸に焼き付いた女の子との出会いは(少なくとも私は)ないですし、人形細工の表現については言葉面だけではイメージしにくい漠然としたものです。
だからそういう表現は多かれ少なかれ誇張表現なのだと思います。

誇張表現はそれ自体としてはインパクトになるのですが、読者にばれるとかなりのダメージです。
「あ、嘘ついてるな」と思った途端、作品の世界に入れなくなってしまいます。

かといって表現をぼかすと、何も印象に残らなくなってしまいます。
また、形容詞を多用するとくどい言い回しになります。

うーん、難しい。自分で言い出しておいてなんですが悩みますね。
私も考え中の問題なので、これという結論は出せません。

ただ最近人に教えてもらった方法として、「表現を具体的にする」という対策があります。
人形じみているならどういう人形に似ているのか。
日本人形かアンティークドールか、色でいうなら白か赤か、どこを見て人形みたいだと思ったのか、などなど。

私は小説『守り人シリーズ』が好きで、特に『闇の守り人』が一番のお気に入りです。
登場する舞台や服装・習慣、生活用品に至るまで具体的で、これがファンタジーであるということも忘れてしまいます。
安易に形容詞に頼らない、ストイックな表現の詰まった傑作でした。

具体性をヒントに、表現を磨いていきたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。

2015.03.11 Wed l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

今書いている文章はわりとワンシーンが長めで、十ページほどになることもあります。
私の好みとしては、ちょっと長すぎるように感じています。

ワンシーンは一息で読めるものが好きです。
一定の気分で読み切れる長さが理想だと思っています。

私は予備校時代、授業の合間に本を読むのが楽しみでした。
休み時間は長くて十分ほど。
それ以上の長さのシーンだと区切るのが難しかったり、気分を引きずってしまってあまりありがたくありませんでした。

もちろん夢中になって全巻を一日で一気読みすることもありますが、それは読むぞ!と決めた日のことです。
私の読書習慣としては、やはりワンシーンが適度な長さであってほしいと思っています。

今でも私は、パソコンの立ち上がる時間や電車の中などで本を読むことが多いです。
だから何気なく読み始められる気軽さはとてもいいと思います。

その意味で、森見登美彦先生の本はあこがれです。
ワンシーンが比較的短く、五分ほどで読めます。
それでいてテンポがよく、構成が整然としているので、どこからでも読むのを再開できます。

意識的にワンシーンの長さを操作するのも面白いかもしれません。
それでは、今日はこの辺りで失礼します。
2015.03.10 Tue l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

ごはんを食べるとき、私は苦手なものから食べるタイプです。
けれど文章を作るときは、得意な方から作り出してしまいます。

まだまだ未熟ではありますが、私はどちらかというとキャラクターよりストーリーを作る方が得意です。
だからたいてい、ストーリーが先にあって、そこにキャラクターをあてはめるようにして作ります。

でもその作り方をすると、ますますキャラクターが作りにくくなるのです。
なぜって、ストーリーの枠の中でキャラクターを作らなければいけないのですから。

もちろん、文章作りを楽しむのなら好きなことからやっていくのが大事なのだと思います。
好きこそものの上手なれで、好きなことへの原動力は侮れません。

けど、そろそろ苦手を克服するとき!
キャラクター作りに磨きをかけるべく、まずキャラクターを固めてみようと決めました。

苦手なものを先に食べて、最後に大好きなもので締めるのもいいものですから。
そんなわけで、今日はこの辺りで失礼します。

2015.03.09 Mon l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

ライトノベルと一般小説の違いはよく議論されますね。
私は、一つにはキャラクターへどれほど重きを置くかだと思っています。

たとえば私が中高生だったときは、ライトノベルは魅力的なキャラクターを見たくて読んでいました。
特に男性キャラクターに比重を置いて読んでいた覚えがあります。

もちろん、物語はキャラクター単体で成り立っているものではなく、キャラクター間の関係性の中で話が展開します。
誰かが誰かに何かをする、という相手あっての行動が中心です。
また、ストーリーの先が気になるために読んでいたものもあります。

ただいずれも、異性のキャラクターが魅力的であるに越したことはないと思います。
好みは人それぞれなので「魅力的」の答えは決まっていませんが、強さや美しさを豊かに持っているキャラクターが私は好きでした。
そこにさらに癖や毒があると、なお魅力に深みが出ると考えています。

私は魅力的な男性キャラクター作りに行き詰ったとき、ゲーム『サガフロンティア』のアセルス編の妖魔たちを思い返すことにしています。
ビジュアルもさることながら、それぞれのなんと我の強いこと。
その中で女性との恋愛が成立しそうなのはイルドゥンくらいですが、彼だって並の貴族ならびっくりのプライドの高さですからね。
けれど美しくて、強くて、そして癖と毒にあふれたキャラクターたちだったと思います。

癖と毒は使いこなすのが難しいですが、まずは美しさと強さを備えたキャラクターを作りたいものです。

それでは今日はこの辺りで。


2015.03.08 Sun l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

読んでいて安心する本や漫画ってありますよね。
それは続きが見通せるためのときもありますが、読者が主人公を信頼している場合もあります。

作者としては、続きが見通せるといわれたらショックです。
それをさせては、読者の楽しみを半分以上奪っている気がするからです。

一方で読者が主人公を信頼してくれるようにはしたいと思っています。
読んでいて「主人公ならこう動いてくれるだろう」と思えることです。
つまり読者が主人公の動きを先読みできる状態を指します。

それだって続きが見通せることなので、読者の楽しみを奪うことになるかもしれません。
でも私は、主人公を信頼できないととても不安定な気持ちで読むことになります。

たとえるなら何のよるべもなく大海に放り出される感じ。
読者は作品の中で、何も知らない状態、まさに誰も頼るもののいない状態なのです。
その中で主人公くらいは、自分の思う通りに動いてほしいと思います。

私は漫画『妖狐×僕SS』の主人公凛々蝶さんにものすごく安心感を持って読みました。
これは主人公の恋人双熾くんもですが、絶対読者の信頼を裏切らない行動を取ってくれるだろうなと思っていたら、本当にそうでした。

例外として、漫画『7SEEDS』は、誰が主人公かもわからないまま過酷な世界を進むという、不安100%の状態だというのにそれがわくわくします。

論理矛盾のようですが、主人公を信頼できるのは強みだし、信頼できないのも突き詰めれば面白さだと思っています。
私はまずは信頼できるように作っていきたいです。

それでは、今日はこの辺りで。

2015.03.07 Sat l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私にとって現在進行形の課題として、尺の取り方の問題があります。
長さに見合った物語を作るということです。

物語にも尺の概念があると思います。
短編ならこれくらい、このテーマならこのくらいなど、尺に合わせなければいけないなと考えています。

具体的にはキャラクターの人数、テーマの複雑さ、場面の移り変わりの速さなどに影響してきます。
詰め込みすぎると消化できず、逆に内容が薄すぎると気の抜けた炭酸みたいになります。

たぶん試行錯誤している内に尺の取り方が身に着くのだろうと思います。
他人に指摘してもらうと、より早く感覚がつかめる気がします。

自分で尺の取り方を学ぶのに効果があったのは、何度か読み返すことでしょうか。
書いている内には気づかなかった感覚も、読み手に回ってみると多少わかってきます。
それも時間を置いて読み返すと効果がありました。

私は少女漫画『ぼくの地球を守って』の尺の長さが大好きです。
単行本にして21巻。
でも少しも長いと感じないのは、内容がそれに見合って壮大で深かったからです。
また、途中の回想編も一般的には禁じ手だというのに、いい味を出していました。

作者の日渡先生は描いたときかなり若かったそうですが、21巻の尺を見事に使いこなしていました。
今読んでも少しも色あせない傑作です。

私は新人賞の投稿を行っている身なのであまり長い尺は取れません。
でもいつか大長編を書ききってみたいです。

それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.06 Fri l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

文章を書いている内に、「うーん、これおもしろくないなー」と思うことはよくあります。
というより、書いているものがずっと面白いと思い続ける方が難しいです。

私などは、ちょっと気を抜くとすぐにこの面白くない感が頭をもたげてきます。
たとえば今書いているものだと、「SFはラノベ向きじゃないのでは?」と疑問を持ち始めます。

でも一見まっとうそうに見えるその疑問は、たいていどうにでもなるものです。
私の大好きなガンダムシリーズだってSFだらけです。
ファンタジー色の強いターンAガンダムでさえ、明確に遥か未来の時代設定です。

電撃文庫だってSFをたくさん出していますし、よくよく考えれば少女向け小説『西の善き魔女』だって未来の話。
SFというだけで筆を置いたら、なんにも完成しないところでした。

そういう簡単な反証を誰かに一言言ってもらえれば、驚くほどやる気が戻ってきます。
だから定期的に誰かに文章を見てもらうのは、その点でも効果があると思います。

ただ人に見せると不本意な感想が返ってくることもありますし、時間がないときもあります。
そのため面白くない感をセルフコントロールする必要が出てきます。

なかなかこれという対処法を持っているわけではないのですが、最近一つ効果があった方法があります。
いくつか文章を並行して作ることです。

作品を並行して作るのが難しければ、ブログやツイッターを利用するのもよいと思います。
現にこのブログを定期更新するようになってから、作成中の長編小説もわりと調子がいいのです。
時間は取られても、文章を書く癖がついたからでしょうか。

筆を置くくらいなら、なんでもいいから書いておいた方がいいかな。
そう思いつつ、今日はこの辺りで失礼します。


2015.03.05 Thu l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

自分の文章についてこうしたいという思いはいろいろありますが、その中に「もっと勢いのある文章が書きたい!」というものがあります。

勢いのある文章とはいかなるものをいうのでしょうか。
私は読者を引っ張り込む迫力や雰囲気があるものだと思います。
その世界にいるように錯覚したり、いつの間にか主人公と一体となって物語を見ているようになったら、それは文章にとても勢いがあるのだと感じます。

文章ではないのですが、私は漫画『快感フレーズ』の勢いが好きです。
次から次へと、たたみこまれるような展開。ヒーローのむやみやたらな積極性。
気が付けば全部読んでいました。
実に中毒性が高く、読んでいる間は酔っているような気分でした。

作者としては、読者を酔わせるくらいになりたいものです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.04 Wed l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

昨今話題になった歌、『ありのままで』。
物語においても、ありのままでいるのは賛否両論ありそうです。

特に恋愛ものについては、完全に繕った姿でお互いを好きになっても満足感がないと思います。
かといって相手に近寄ろうともせず、努力もしないのはあまりに不誠実。

恋愛が中心の話でなくとも、「本来の自分」は誰しも意識するのではないでしょうか。
そんなものと笑われることも多いですが、やっぱり気になりますね。

私は、少なくとも一度は主人公にありのままの自分を出させる機会を作ります。
生の感情をぶつけさせたり、直感で行動させたりして。
そのとき初めて、主人公は主人公らしくなる気がします。

一度は自分に正直に行動させて、それからいろんなことを考えさせたいな。
そんなことを思いつつ、今日はこの辺りで失礼します。
2015.03.03 Tue l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

私は本を読むとき、不愉快な言葉が続くと読む気が失せてしまうことがあります。
それは必ずしも下品とは限りません。
「~ない」という否定形が続くことだったり、残酷な言葉の場合もあります。

ほとんどの人は、読んでいて心地よくなりたいですものね。
そのため、文章を書くときは不愉快な言葉はなるべく避けるように気を付けています。

けれど不愉快な言葉を使いこなすのも、物語の醍醐味だと思います。

私の好きな漫画『BANANA FISH』では、少女漫画にもかかわらずスラングが連発されます。
でもそれが登場人物の率直な感情を語ってくれて、しかもやけにかっこいいのです。

少女漫画ではモノローグで心情を表す手法がよく使われますが、それとはまた違う粋な手法だと思いました。

なかなか使いこなすのは難しいですが、少しずつチャレンジしていきたいです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.02 Mon l 一次創作の雑談 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは、真木です。

行き詰まった時、別の文章を書いてちょっと時間をおくと意外とうまくいくことがあります。
こだわっていた箇所がさらっと書き進められたり、別のアイディアが浮かんだりして。

まあ、時間を置けば置くほど書くのが難しくなりますけど(汗)。

私の感覚では、一か月以内なら戻ってくるのは簡単。
三か月になると、設定資料やプロットとにらめっこすれば可能。
一年になるともはや別の話になりますが、書けないことはありません。

ちなみに最長で、途中で三年筆を置いていても完結した文章があります。
次は十年に挑戦したいですね!(違)

ともかく、「ここでやめたら二度と完成しないのでは……」と心配するのはやめにしています。
それにその文章自体は完結しなくても、そこで練った設定や話を別の物語に生かすこともできます。

ゲーテの『ファウスト』は、構想に一生かかっているそうですよ。
いや、それ絶対途中で忘れてたでしょ!と突っ込んではいけません。

止まるのを恐れず、書けるときに書くようにしていきたいです。
それでは、今日はこの辺りで。
2015.03.01 Sun l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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